私の独断と偏見ではありますが、心に残る名勝負だと感じた試合を紹介していきたいと思います。
なるべくボクシングの面白味がある、技術的・戦略的な部分を盛り込んで独自の目線で解説していきます。
初回は、日本人として心に留めていただきたい(と私が勝手に思う)、「ゲンナジー・ゴロフキンVS村田諒太」の試合を解説したいと思います。なお、文章がやや長くなるため、前半・後半に分けて、前編はゴロフキン選手と、村田選手の強さについて解説し、後編は試合の内容について解説していきます。
日本ボクシング史上最大級の闘い
まず、この試合を選んだ理由は、日本のボクシング史上最大と言える相手を、日本人である村田諒太選手が闘った試合だからです。
現在日本のトップボクサーに君臨している井上尚弥選手でさえも、村田選手が挑んだ全階級トップクラスの選手とは闘えていません。(それは井上尚弥選手自身が全階級のトップクラスであるという宿命なのかもしれませんが)
村田選手が挑んだゲンナジー・ゴロフキン選手とは何者なのか、まずはそこから解説します。
ゲンナジー・ゴロフキンとは
ゴロフキン選手がなぜ世界のトップかというと、かつてPFP1位に君臨していた選手だからです。PFPとは(階級を無視した)すべてのボクサーの最強ランキングのことです。そこで長く王者として君臨していたゴロフキン選手ですが、カネロ・アルバレス選手からその地位を奪われ、その後再起を賭けて試合を重ねる中で、村田選手にも白羽の矢が立てられました。
ゴロフキンの強さ
ゴロフキン選手の強さを理解するのは少々難解だと思います。「屈強な肉体、強力なパンチ、冷静かつ不屈のメンタル」と言えば間違いではないのですが、それだけでは彼の凄さ、恐さを言い尽くすことはできません。私が思うゴロフキン選手最も素晴らしい(恐ろしい)ところは「ミドルレンジ(中間距離)」で闘うことの出来る能力を持っているというところです。
…と言われてもピンとこないのではと思いますので、どういうことか詳しく説明します。
ボクサーのタイプ
ボクサーのタイプには大きく分けて3つのタイプなあります。
1つ目はロングレンジ(遠い距離・リーチの外)で闘うことを得意とする選手(アウトボクサー、または単にボクサーと言います)
2つ目はショートレンジ(近い距離・お互いの体がくっつくほどの距離)を得意とする選手(インファイター、または単にファイターと言います)
3つ目は、ボクサーファイターという上記2つのいいとこ取りしたタイプで、状況に応じて(アウトボクサー相手にはインファイト、インファイタ―にはアウトボクシングなど)闘う距離を変化出来る選手です。臨機応変な動きに対応できる柔軟なスタイルで、現代ボクシングの主流となりつつあります。井上尚弥選手もこのタイプではないかと思います。
では上記に存在しない、「ミドルレンジを得意とする選手」とはどんなタイプなのでしょう。実はこのタイプには呼び名がないのです!なぜかというと、ミドルレンジ(=真正面)で留まって闘ってはいけないというのは常識なのです。ショートレンジよりも強くロングレンジよりも沢山、目で捉えきれない無数のパンチを打てる位置に留まってしまえば、どういう目に遭うかは火を見るよりも明らかです。その位置は相手の射程距離であり、超危険ゾーンなのです。インファイターもアウトボクサーもボクサーファイターも、このミドルレンジという超危険ゾーンで闘わないために開発された闘い方と言っても過言ではありません。しかし、その超危険ゾーンで闘うことができるのがゴロフキンという選手なのです。
ミドルレンジでの闘い方
なぜ超危険ゾーンでの闘い方が可能なのか、考えてみます。
〇「絶対もらわない」を「ちょっとならもらっていい」と思えると、ディフェンスは格段に楽になる
この超危険ゾーンで闘うために最も重要なのはディフェンス技術です。ゴロフキン選手は高いKO率を誇る強打が有名ですが、実は卓越したディフェンス技術の持ち主なのです。ゴロフキン選手のディフェンスの特徴は「パンチの芯を外す」ことに卓越していると私は見ています。どういうことかというと、相手からクリーンヒットを受けることがほとんどないのです。さすがにいくら身体が屈強でも、クリーンヒットを何発も受けてしまえば耐えられません。しかし試合をよく見てみると、相手のパンチを完全によけきるというのではなく、少しはかすっています。ボクシングでは、例えば100%のパンチをまともに受けてしまえば1発でダウンすることもありますが、20%のパンチを100発受けても倒れなかったりします。またディフェンスの技術では、0%のダメージで完全に回避しようとすると格段に難易度が上がってしまいます。完璧によけてダメージ0にできればそれに越したことはないのですが、これは100%ジャストミートのパンチに耐えるくらいに無謀なことです。しかし、20%くらいならもらってもいい(かすってもいい)という感じでディフェンスをすると格段に楽になります。そうなると100でも0でもない最大のコスパのいい動き=「ちょっとはもらう反面、クリーンヒットは絶対しないディフェンス」がゴロフキン選手の「ミドルレンジ戦法」を可能にしていると見ています。
〇巧みなプレッシャーのかけ方
また、独特のプレッシャーのかけ方も彼のディフェンスの強さの一つと思われます。ボクサーのパンチは、出始めてからそれを見てよける動作に入っては間に合いません。相手の打つ一瞬先によける動きに入ります。それがなぜ可能なのかというと、所謂勘がいいという選手もいますが、ゴロフキン選手は細かな頭の振りや眼の動き、小さなフェイントなどを「先に」仕掛けながら独特のプレッシャーを与え、相手にパンチを打たせているのです。打たせるということは、ゴロフキン選手のアクションに相手が応える形になるためパンチが来るタイミングが分かるのです。相手はなぜかパンチがよけられてしまうと感じるかもしれませんが、実はゴロフキンサイドで言えば、自分のいないところに打たせているのです。
攻撃は強さより上手さが勝る
また、ゴロフキン選手の攻撃はもちろん一発一発が強力なのですが、特筆すべきは当てる上手さです。相手の強固なガードの隙間に滑り込ませるようなフックを打ち込み多くのKOを生み出します。特にガードの隙間を横からではなく上から縦に振り下ろすようなフックは防御不能に近い必殺技です。そしてこれらの強打をミドルレンジという位置から連打できるのです。強打を正確に連打することが出来る、なんと恐ろしいボクサーなのでしょうか!
兎にも角にも、ゴロフキン選手はミドルレンジを得意とする選手とすると、ゴロフキン選手と闘った選手は往々にして、ゴロフキン選手が正面に立つ→相手は迎え撃つがクリーンヒットしない→真正面からのゴロフキン選手からの猛攻→相手はたまらず下げさせられる→ゴロフキン選手が正面に立つ→(繰り返し)→その後コーナーまたはロープを背負う→ゴロフキン選手の猛攻に遭う、といった流れで倒されてしまいます。
この難攻不落の戦法に村田選手はどう立ち向かったのでしょうか?
村田諒太選手の強さ
では村田選手とはどういう選手なのか解説していきます。
村田選手はかなり特徴的な戦法を用いるボクサーだと思います。
戦艦大和ようなボクシングスタイル
やや大げさな見出しですが、村田選手はロングレンジ(遠い距離)から踏み込み強力なジャブとワンツーで攻撃することを得意とします。そのパンチはジャブですら相手を吹っ飛ばす威力を持っています。その闘い方を例えるなら日本が誇る戦艦大和に搭載された「巨砲」です。ガードを高くして、ズリズリと詰めていき、グッと踏み込んだ瞬間ドカン!と大砲(のようなパンチ)を放ちます。たまらず相手は萎縮して下がります。村田選手は手数が少ないというよりは敢えてセーブをして間を作り、その間で相手を怖がらせて、ドカン!と大砲を放ちます。通常の闘い方は、小さいパンチをたくさん出して、相手をかく乱して段階的に強打に繋げるというのがセオリーなのですが、村田選手はこの逆の戦法を取っているのです。打つと打たないの間に極端なギャップを作ることで相手を威圧しながらKOを狙う、今まで(日本人が)誰もしたことのないような戦法です。それを可能にするのは、日本人離れした強靭な肉体にあります。この戦法はガードを固めてズリズリと相手に近づくことでプレッシャーを掛けるのですが、当然その過程で相手から猛攻を受けます。この猛攻に対して下がってしまったらこの戦法は(プレッシャーが掛けられず)崩壊してしまいます。しかし村田選手はその猛攻に負けない固いガードと強靭な肉体を持っているため、相手は打っても打っても前に出てくる村田選手に恐怖を感じざるを得ないのです。超強力な大砲と屈強な艦体(体幹)は正に戦艦大和のように思えてなりません。
両者の戦法を比較
では次に両者の戦法を単純比較してシュミレーション対決してみます。
ゴロフキン選手:強打の連打+ミドルレンジでもクリーンヒットしないディフェンス力
村田選手:単発が強力な「大鑑巨砲」とガードを固めてズリズリ前へ出る
試合開始→(ロングレンジから)村田選手が大鑑巨砲を放つ→ゴロフキン選手がよけながら前に出る→ミドルレンジに立つ→ゴロフキン選手猛攻に遭う→村田選手は下げさせられる→ゴロフキン選手猛攻に遭う→ロングレンジが作れない村田選手は大鑑巨砲を出す間を与えられずに削られてしまう→ゴロフキン選手猛攻に遭う
とかなり乱暴なシュミレーションながら村田選手は詰んでしまいます。
村田選手の強いが大きなパンチをディフェンスの名手ゴロフキン選手が簡単に食らうとは考えにくいです。ならば、村田選手はショートレンジやショートのパンチを習得してインファイトに変更すればいいかと思うところですが、それは最も得意とする大砲(ワンツー)を封印するということになり、決して得意ではない距離で闘うという突貫工事を強いられることになります。これを最大の相手に行って通用するかと言えば可能性は限りなく0に近づいてしまいます。それは戦艦大和自体が先の大戦でやってしまった(やらざるをえなかった)戦法なのです。巨砲を主力とする大和がターゲットとしたのは戦艦です。より大きな大砲を積むことが出来れば射程距離が遠くなるので、相手に攻撃される前に先制攻撃ができるというのが大和の狙いでした。しかし大和を狙ったのは戦艦ではなく機動部隊(戦闘機)でした。大和は主力を発揮できずに高速で動く戦闘機に目視で照準を合わせる機関銃で闘わざるをえなかったのです。
ではどうしたらいいのか。。。主力の大砲は当たる見込みが少ない、方やインファイトでは通用する見込みは少ない。。。
ところがなんと、試合では村田選手はそんな憂いを払拭する驚きの戦法を編み出しました。結果として、村田選手は主力の大砲を何度も放ちゴロフキン選手を苦しめました。
村田選手はどんな秘策を持って臨んだのか。
次回ゴロフキンVS村田の試合のについて解説いたします。