名勝負の見方② ナジーム・ハメド vs マルコ・アントニオ・バレラ

名選手の敗戦には、その選手の凄さとなぜそうなったのかという面白さを味わうことができます。

今回は、2001年4月7日に行われた、ナジーム・ハメドvsマルコ・アントニオ・バレラを独自の見方で解説したいと思います。

ナジーム・ハメド選手は当時無敗の人気ボクサーで、生涯戦績は脅威の36勝1敗31KOという記録を打ち立てました。そして唯一1敗がついた試合がこのナジーム・ハメドvsマルコ・アントニオ・バレラの試合なのです。この試合で一体何が起こったのか、ハメド選手の凄さと、それを打ち破ったバレラ選手の戦略を熱く解説していきます!

ナジーム・ハメドという選手

皆さんはナジームハメドという選手をご存知でしょうか?ボクシングファンなら一度は耳にしたことがあるかもしれません。当時絶大な人気を誇っていた選手で、かなり特徴的なスタイルの持ち主です。その特徴を一言で言えば「超変則ボクサー」。これが本当にボクシングなの!?と目を疑いたくなるほどにセオリーに反したスタイルにもかかわらず、ハメド選手の変則なスタイルに困惑された、多くの選手が次々とマットに沈んでいきました。一体ハメド選手はどんなファイトスタイルだったのでしょうか。

ハメドのファイトスタイル

「変則的なスタイル」を語る前に、まず「王道のスタイル」がどんな特徴があるのかを知る必要があります。いわゆる王道のボクサーの特徴は、

  • ガードが高い構え(オンガードポジション)
  • ジャブを主体とする小さいパンチで攻め、いいパンチが入ると(チャンスがあると)一気に強打や連打を仕掛ける
  • ディフェンスはガードとブロッキングを主体に、パンチをかわす場合は体の中心線(正中線)からなるべく離れない(体をブラさない)ようにする。

といった闘い方です。パンチも体の振りもコンパクトにすることで隙を少なく、またよけた後素早くパンチを返すことが出来る理に適った闘い方です。

しかしハメド選手の場合、これとはほとんど逆のスタイルで闘うのが特徴です。

具体的には、

  • 両手をだらりと下げる構え(ノーガードスタイル)
  • 体ごと飛び掛かるように大きなパンチを単発で打つ※ジャブは打つがそこから連続的にパンチを繋げたりはしない
  • ほとんどガードには頼らず、ボディワークでかわすが、のけぞったり正中線から大きくそれた姿勢になる

というように、王道のスタイルと比較するとメチャクチャなのです。通常このように闘おうとすると、

  • ガードが低い⇒パンチに反応できないと直撃する
  • 飛び掛かるように打つ⇒よけられると打ち終わりががら空きになり狙われる
  • のけぞるように大きくかわす⇒バランスを崩したところを狙われる

ということになり、王道スタイルにいいように倒されてしまいます。しかし、ハメド選手はこの変則スタイルで王道スタイルの利点を「逆手に取り」KOの山を築いているのです。どうやってそんなことを可能に出来たのでしょうか。

王道を逆手に取る

通常の闘い方は、まず小さいパンチで牽制や小ダメージを与え、チャンスがあれば一気に攻めるという流れがあります。

しかし、ハメド選手の場合は両手をだらりと下げ、挑発するかのように顔を突き出し相手のパンチを誘います。そこに相手がショートのパンチで踏み込んでくると、大きくのけぞるようにかわします。これをバランスを崩したと読んだ相手が、さらに踏み込んで追撃しようとしたところに、突然身を翻しカウンターを打ってくるのです。この「身を翻す」ところがハメド選手の凄いところで、まず体が柔軟でしかもゴムのように曲がってもすぐに戻ることが出来る、異常と言っていいような身体能力を持っています。しかも、ノーガードでもパンチに反応できる目と勘の鋭さもあります。そして実は常に体を振りながら先に先に動くことで先手を取るという技巧さもあるのです。

また、相手が攻めあぐねると、今度は自分から飛び掛かるようにフックやアッパーを放ってきます。ジャブで攻めてくるのではなく、ビックパンチを体ごと突っ込むように打つのですが、これがものすごく速いのです。しかもジャブと角度が違うので相手はディフェンスが困難になります。例えハメド選手が大ぶりのパンチを空振り、バランスを崩したところを狙っても、柔軟な体のしなりから「身を翻し」カウンターを受けてしまうのです。相手からすると、攻めても守っても大きくバランスを崩す(ように見える)態勢に誘われて、「チャンスがあったら出る」という王道の攻めが、カウンターの餌食になってしまうという、驚くべきファイトスタイルです。

ハメド選手のトレードマークであるヒョウ柄のトランクスは彼の野性的で予測不能な動きをよく表しているように思います。

バレラ選手はこの相手にどんな作戦を立ててきたのでしょうか。

初回は試合が動くが…

いつもド派手な入場をするハメド選手でしたが、この日はちょっとしたハプニングがありました。ブランコに吊るされながら登場したハメド選手でしたが、観客の一人が持っていたドリンクをハメド選手に振りかけたのです。また、リングインする際ハメド選手はロープを握りグルっと一回転して入るというパフォーマンスをするのですが、ロープに違和感を感じ普通にロープをくぐってリングインしました。「なんだかいつもと違う」前触れのようなものを感じさる出来事でした。 

試合開始のゴングな打ち鳴らされると、お互いがジャブで牽制し合います。挑発するようにノーガードで構えるハメド選手。お互い少しパンチ交換した後、バレラ選手がボディストレートで踏み込んだときハメド選手も打ち返し、そこにバレラ選手が打ったフックがヒットし腰が落ちます。その後圧力をかけるバレラ選手に低く構え警戒するハメド選手。流れはバレラ選手に傾いているようでした。ラウンド終盤、バレラ選手のジャブの連打にもバランスを崩され、この日のハメド選手はどこかディフェンスに精彩を欠いているように見えました。

第2ラウンド、お互いジャブを打ちながら様子を見ますが、開始1分が過ぎた時にひと悶着がありました。ハメド選手が右アッパーで飛び込んできたところに、バレラ選手が右のボディフックを合わせました。そこでもつれ込んでハメド選手がバレラ選手の首を抱えたまま倒れこみ、一瞬プロレスのような状態になりました。これに激怒したバレラ選手でしたが、レフェリーになだめられ、試合は再開しました。

1,2ラウンドはクリーンヒットや少し荒れたシーンがあったのですが、3ラウンド以降、バレラ選手はジャブで牽制しつつもコンビネーションはあまり打たず、お互いが見合っているとやや強いパンチを単発で放ってはジャブで牽制するという、派手に打ち合うシーンが減ってきました。ハメド選手が飛び込みざまにフックを打つと、バレラ選手は右のボディで応戦します。下から振り上げるように打つフリッカージャブのハメド選手に対し、バレラ選手は上からかぶせるように打つジャブでプレッシャーを掛けていきます。余り派手な打ち合いはなかったのですが、ジャブとボディのヒット数でバレラ選手がポイントを取っているように見えました。

ハメドからポイントを奪う「出ない戦法」

その後、お互い単発的なヒットはあるものの、ポイントではバレラ選手優勢のラウンドが続きます。一体何がハメド選手からポイントを奪っているのでしょうか。

実は、バレラ選手はハメド選手のスタイルを「逆手に取っていた」のです!

先述の通り、ハメド選手は変則的な動きで誘いをかけ、カウンターを狙う闘い方をします。攻めても守ってもハメド選手のカウンターの餌食になってしまうのですが、バレラ選手これを「出ない戦法」で封じようとしたのです。

「出ない戦法」とは、

二人の攻防の流れは、

ハメド選手が誘う⇒バレラ選手がジャブを打つ⇒ハメド選手がのけぞるようにかわす⇒(普通はそこに追撃を仕掛けるが)バレラ選手はそれ以上前に出ないという作戦を取ったのです。それって何の意味があるの?と思うところですが、これを「ジャッジの目線」で見ると、バレラ選手が小さく打つ⇒ハメド選手が大きくのけぞる、という「見た目」になるのです。つまり、大きく体の振ってよけるスタイルは、ジャッジに対して「もらっている」または「攻められている」という印象を与えてしまうのです。それは「ジャッジの印象が悪くなる=ポイントを取られる」ことを意味します。

この「出ない戦法」でハメド選手のスタイルを逆手にとり、バレラ選手はポイントを奪っていったのです。

小さなパンチを打ち、決して深く踏み込んでこないバレラ選手に、カウンターを打てずポイントを奪われてしまうハメド選手でしたが、彼には別の強さがありました。自分から攻めることもできるのです。セオリーに反した強力なフック・アッパーを飛び掛かるように打つ戦法です。

しかし、バレラ選手はこの戦法にも対策を立てていました。

ハメドにカウンターを放つ

変幻自在な攻撃のバリエーションを持つハメド選手でしたが、バレラ選手(と彼の陣営)はハメド選手の攻撃パターンを研究し、「この攻撃にはこのパンチで返す」という対策をとっていました。映像を見るとよくわかるのですが、ハメド選手が右のフックまたはアッパーで飛び掛かるとバレラ選手は必ず右ボディフックを返してきます。そのようにして

  • 飛び掛かり攻撃⇒右ボディフック
  • 下からのジャブ⇒上からのジャブ
  • 左ストレート⇒右ストレート   ※左側ハメド選手の攻撃、右側バレラ選手の返し技

というようにハメド選手の攻めに対して、バレラ選手は徹底して同じパンチでカウンターを合わせていきます。バレラ陣営は変幻自在に思えたハメド選手の攻めのパターンを見抜き、それに最も有効な返しのパンチを選び出し、繰り返し練習していたのでしょう。特に飛び込みのパンチに対する右ボディは何度も打たれており、ハメド選手の動きを封じるのにかなり有効だったと思われます。

こうして、ハメド選手は誘っても出てこさせられず、攻めても迎え撃たれ、ポイントを奪われた結果判定でバレラ選手に敗れてしまいました。難攻不落の変則スタイルが初めて敗れた瞬間でした。

ハメドとバレラの凄さ

この試合を通じて思うことは、やはり無敵と言われる選手でも完璧な人間はいないということ、そして、この難解な変則スタイルを研究に研究を重ね、その弱点を見出し、それを試合で実行するのバレラ選手の努力の凄さです。特に「出ない」という作戦は映像を見るだけでは想像もできなような困難な作戦だったのではないかと思います。ハメド選手と闘った多くの選手も「出たらやられる」ということを分かっていながら手を出してしまう。それほどハメド選手の攻撃もディフェンスもすさまじいものがあると思います。そこに打ち勝ったバレラ選手の忍耐力は、この作戦と努力を信じていたからに他ならないことを物語っています。

また、ハメド選手はノーガード・大振りのパンチというボクシングのセオリーと真逆のスタイルでありながら、全く新しいボクシングの世界を見せてくれた名ボクサーだと思います。その変幻自在な動きやそこから繰り出されるカウンターは美しくさえあり、多くの観客を魅了しました。彼らのファイトから20年以上経っていますが、ハメド選手のような生粋(?)の変則ボクサーはそうは見かけません。似たようなスタイルは時折見かけたりするのですが、勝ち続けることはとても困難でと思います。

変則でありながら、プロ37戦のキャリアの中で1度の敗戦しかしなかったハメド選手は、紛れもない天才ボクサーだったのではないでしょうか。

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