名勝負の見方③ フリオ・セサール・チャベス vs オスカー・デ・ラ・ホーヤ

考え抜かれた戦略で会場をあっと驚かせる名勝負を独自の見方で解説します。

今回は、メキシコの英雄フリオ・セサール・チャベス vs ゴールデンボーイことオスカー・デ・ラ・ホーヤです。

この試合は1996年6月7日に行われました。

フリオ・セサール・チャベス選手はこの時99勝1敗1分と言う驚異的な戦績でした。そして記念すべき100勝を勝ち取るべく選ばれたのがオスカー・デ・ラ・ホーヤ選手です。

百戦錬磨フリオ・セサール・チャベスの凄さ

チャベス選手と言えば、世界ボクシング殿堂にも名が刻まれ、歴代最強ボクサーのトップ10にも名が挙がり、生涯戦績は116戦108勝6敗2分87KOと凄さを挙げたらきりがありません。1980年から2005年までプロボクシングで活躍し、3階級制覇を成し遂げた名チャンピオンであり、母国メキシコの英雄です。

芸術的なボディブロー

チャベス選手は全てのパンチにおいて、どのボクサーよりも抜きん出た破壊力と技術力を持っていましたが、彼の中でさらに抜きん出いたのが左のボディブロー、通称「レバーブロー」です。チャベス選手は接近戦を得意とし、数多の猛者をこのパンチで沈めてきたのですが、それは通常の接近戦とは発想の違う戦い方をするのです。

いわゆる、「通常の接近戦」とは、相手と接近した際に、顔面にパンチを打ちながら時折りボディブローを放ち、相手の注意を顔面とボディとで乱し、ボディが効いて相手が堪らずガードを下げたところ一気に顔面への攻撃を仕掛ける、と言う攻め方です。その為、ボクサーはボディを鍛え上げ、ガードを決して下げない様に闘うのが鉄則なのです。

しかし、チャベス選手はある意味シンプルに、「どんなにボディを鍛えても耐えられないボディブロー」を放つ事の出来るのです。彼の左拳は相手の肝臓を正確に貫きます。その拳か描く軌跡は美しくすらあり、だからこそ驚異的な破壊力を物語るのだと思います。

チャベス選手はこのボディブローを、顔面への攻撃から「水が上から下へ流れる」様に、非常に滑らかに繋げて打つことが出来るのです。これを食らった相手の脳に「これはヤバい」という電撃が走ることでしょう。するとガードは必然的に下がってしまいます。チャベス選手はそれを見るや顔面への攻撃に移るのですが、本当の狙いはボディブローです。チャベス選手からの顔面への攻撃を受けた相手は、通常のセオリーとは逆に「ガードを上げさせられて」しまいます。そこへ、チャベス選手得意のボディブローが炸裂します。こうしてKOの山を築いていくのです。

接近戦でも触れさせないディフェンス

また、チャベス選手は非常に卓越したディフェンステクニックも持っています。主に右手のパリング(パンチをはじくディフェンス)とボディワークで、ほとんどのパンチをかわしながらステップインして接近戦に持ち込みます。また、接近戦にも関わらず、上体を柔らかく揺らしてパンチをほとんど触らせない、抜群のテクニックを持っています。通常接近戦になると、ガードをがっちり構えてしっかりブロックして、となりますが、チャベス選手は相手のパンチをスルスルかわしながら反撃します。パンチをブロックしてから打ち返すよりもかわしてから返す方が、パンチの衝撃を受けていない分早く返すことができます。これを接近戦で出来るのがチャベス選手の凄いところです。このディフェンステクニックを駆使し接近戦での打ち合いを有利に進めていくのです。

巧みなアウトボクサー対策

接近戦を得意とするチャベス選手には、当然アウトボクシングで対抗する選手も多くいました。アウトボクシングで対抗する場合、とにかくジャブをついて接近させず距離をキープするか、入ってきたらクリンチをしてブレイクを待つ、というようにしてポイントを稼ぐ作戦が定石です。しかしチャベス選手はその距離の壁をもろともせず突き破って入ってきます。まず、アウトボクシングをする選手のジャブが当たらないのです。そしてジャブの打ち終わりに素早く入られてボディブローに繋げてきます。たまらずクリンチしようとしても小さな隙間からもパンチを入れてきます。そうやって体力を削られ、足が止まったところにチャベス選手の猛攻を受けてしますのです。

打ち合うことが危険と分かっていても、蟻地獄のように接近戦に引きずり込まれ、巧みな連打からボディブローを放つ隙のない闘い方をするチャベス選手は、まさに百戦錬磨の肉体とテクニックを兼ねそろえた名選手なのです。

「ゴールデンボーイ」オスカー・デ・ラ・ホーヤ

対する、オスカー・デ・ラ・ホーヤ選手とはどんな選手なのでしょうか。

リングネームの「ゴールデンボーイ」とはアマチュア時代バルセロナ五輪で金メダルを獲得したことで付けられた名前です。アマチュア戦績228戦の内5敗しかしておらず、プロ転向後1992年から2009年まで活躍した元6階級制覇王者のレジェンドです。

しかし、チャベス選手と対戦した当時はまだ21戦(全勝)のキャリアでした。(もちろんこれも凄いことですが、対するチャベス選手のキャリア【99勝1敗1分け】が凄すぎてかすんでしまいます。)

長いリーチでありながら鋭いジャブを打ち、連打もできる万能型の選手です。細身で長身ですが、ファイターに打ち負けない強い体幹も持っています。しかし、接近戦でチャベス選手と打ち合うのは余りにリスキーです。デラホーヤ選手はどんな戦法で迎え撃とうとしたのでしょうか。

動画の下に解説がありますので、ネタバレ前に動画を見てから解説を読むもよし、内容をあらかじめ知ってから見るもよし、お好きな方をお楽しみください!

進化したアウトボクシング

試合開始のゴングが鳴らされました。

両者はリング中央に向き合います。デラホーヤ選手はやや両腕を前に出し、胸をすくめたような構えをしています。そうすることで、懐を深くし入りにくくさせる意図がうかがえます。対するチャベス選手はいつものように頭を振りやすいようにややガードは低めにし、プレッシャーを掛けながら入る機会を伺います。

開始早々、デラホーヤ選手の槍のように鋭いジャブが放たれます。チャベス選手はこれを丁寧によけ、入ろうと前に出ますが、これと同時にデラホーヤ選手も下がります。両者の距離は変わらず、リーチで有利なデラホーヤ選手がさらにジャブを打って牽制します。

お互い牽制をし合っている中、1ラウンド1分を過ぎたころにチャベス選手の左目じりが赤く滲みだしました。次の瞬間デラホーヤ選手の右ストレートがその傷口を捕らえ、大量に出血し出しました。一気にチャベス選手は不利な状況になりました。するとデラホーヤ選手が攻勢に出ます。チャベス選手も出ようとしますが、そうするとデラホーヤ選手はスッと下がり距離を保ちます。チャベス選手の顔面が鮮血で染まりだすと、レフェリーがタイムを掛けリングドクターのチェックが入りました。その後試合が続行されると、チャベス選手はより一層プレッシャーを強めてきました。しかし、デラホーヤ選手もジャブで応戦し、その距離は縮まないままゴングが鳴りました。第1ラウンド、チャベス選手は得意の接近戦に持ち込めず、また瞼をカットしたことで大変不利な状況に陥り、このラウンドを終えました。

3つの壁で突破を封じる

ではなぜ、デラホーヤ選手は、接近戦のスペシャリストであるチャベス選手の接近を防いだのでしょうか。その理由はデラホーヤ選手が用意していた「見えない3つの壁」にあるのです。

第1の壁は、16㎝差もある長いリーチです。ボクシングは5㎝リーチ差があれば試合に影響します。なぜならリーチの長い方が自分だけ当てられる状況が格段に多くなるからです。16㎝というと半歩余分に踏み込まなければいけないほどの距離で、相手のパンチを1発よけて入ろうとしてもまだ距離が縮まらないほど遠くに感じると思います。

第2の壁は、チャベス選手が踏み込むと同時に素早く下がり、等距離をキープする作戦です。大きく下がるのではなく、ちょうど相手との距離が変わらないだけ絶妙な間隔で下がり、常に自分だけジャブが当たる距離をキープするのです。

第3の壁は、チャベス選手が入ってくるところに、左手でチャベス選手の右肩を押さえ突進を止めることです。 パンチを打つとよけ際に入られるリスクがありますが、手を突き出すだけならよけられません。そうやってジャブをよけて入ろうとするチャベス選手の右肩を押して、突進やパンチの威力を止めるのです。

加えて、デラホーヤ選手はロープ際などに詰められてもすぐにクリンチに持っていき、徹底的にチャベス選手の接近を封じました。

4ラウンド猛攻を仕掛ける

この3つの壁により、チャベス選手は攻めあぐね、ロングレンジからデラホーヤ選手の長いジャブ、ストレートで体力とポイントを奪れていきました。

しかし第4ラウンドの序盤、チャベス選手が意地の猛攻を仕掛けました。これには若干の被弾をしたデラホーヤ選手でしたが、すかさず等距離作戦を続行しました。その後攻めあぐねるチャベス選手に、ラウンド終盤デラホーヤ選手が猛攻を仕掛けると、1ラウンドにカットした傷が開きチャベス選手の顔面が真っ赤に染まりました。これにレフェリーがドクターチェックを指示したところ、リングドクターからストップがかかり試合終了となりました。ヒッティングによるドクターストップのため、デラホーヤ選手のTKO勝ちとなりました。

この試合は序盤からチャベス選手が瞼をカットするアクシデントに見舞われましたが、それはデラホーヤ選手のパンチが確実にチャベス選手の顔面を捉えてていたことに他なりません。そしてそれを可能にしたのが先述の3つの壁戦法により接近戦を封じたのではないかと思います。

この試合から学べること

この試合は、自分の持てる武器を最大限に活用し、相手の得意な戦法を徹底的に封じたこの戦法は、百戦錬磨のチャベス選手にほとんど何もさせずに勝利した神がかり的な闘い方ではないかと思います。

この極めて繊細に距離を微調整する戦法は、現在のトップ選手の中にも見られます。距離を操ることがいかに重要かを教えてくれる教科書のような試合だと思います。

しかしながら、チャベス選手の凄さは決して色あせることはありません。その後試合を重ね、100勝を突破し最終的には116勝もの記録を打ち立てました。これほどの記録は現在では不可能ではないかと思います。デビューした1980年と1981年は年10試合以上も闘い、その後も1980年代は年7~5試合ペースで試合をこなしています。(現在は年3~4試合が普通)かなりハイペースで試合を続けられたのは、パンチをもらわずダメージを極力蓄積しないディフェンス力があったのではないかと思います。

ボクシングを志す人は、そんな偉人たちのファイトから大切なことを学んでいただけたらと思います。

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