名勝負の見方④ 寺地拳四朗 vs 京口紘人

今回は日本人同士のタイトルマッチで特に印象に残っている、2022年11月1日に行われた寺地拳四朗 vs 京口紘人を解説したいと思います。

この試合は私が正に名勝負だと思った試合です。

私が考える名勝負とは、序盤お互いが準備した作戦(=セオリー)がぶつかり合い、後半はその作戦を出し切った後に残るむき出しの殴り合い、そんな凄まじい展開になっていく試合です。

では寺地選手と京口選手はどんな作戦を準備し、壮絶な殴り合いへと展開していったのでしょうか。

ボクサー寺地拳四朗の特徴とは

このちょっと特徴的な名前は、漫画「北斗の拳」の主人公ケンシロウからつけられた名前だそうです。正に強さの象徴のような名前ですが、人物はどちらかというと茶目っ気がある印象なので、漫画のケンシロウとはキャラクターが真逆なような気がします(勝手な私の印象ですが)

寺地選手は、元々非常に基本に忠実なスタイルで、正に「左を制する者は世界を制する」というボクシングを体現できるボクサーです。しかし、ここ最近は非常にアグレッシブなファイトスタイルに変化し、漫画のケンシロウにも負けない闘いぶりを披露します。

基本に忠実なジャブ

寺地選手が他の選手と比べ突出している武器は、スピーディーで卓越した「ジャブ」です。このジャブに翻弄されペースを奪われたところにカウンターが放たれる、という基本に忠実な試合の流れを作ることができます。

そしてもう一つ突出しているのが、「距離感」です。具体的には、非常に繊細なステップワークで常に相手との距離を一定に保つことで、ジャブを打ちやすい位置を常に取ることが出来るのです。相手は前に出ても寺地選手に素早くバックステップされ距離を保たれ、ジャブに翻弄されてペースを取られてしまうのです。

以前はある意味基本に忠実すぎたために、ラフファイトを仕掛けてくる相手に崩されてしまった経験がありました。しかし、敗戦をきっかけに激しい打ち合いもするようになり、王道に磨きのかかったスタイルへと変貌しています。

ボクサー京口紘人の特徴とは

対する京口選手は、打ち合いも出来ますが、寺地選手のようにアウトボクシングもできる非常にバランス型のボクサーファイターです。過去の試合で、背が低くいかにも打ち合いが得意そうなファイタータイプの選手に対し、敢えて接近戦に臨みKOで勝利した経験もあるので、ややファイター寄りのボクサーファイターといったところです。

寺地選手と京口選手を比べると、アウトボクシングでは寺地選手、インファイトでは京口選手にそれぞれ分があるというのが大方の見方だと思われます。

両者はいったいどんなプロセスを経て、壮絶な打ち合いへと展開していったのでしょうか。

ジャブ vs クロスカウンター

第1ラウンド開始とともに、まず寺地選手がジャブを放ちます。寺地選手はセオリー通り、自分の得意なジャブからペースを取りにいく作戦に出ます。

京口選手もこのジャブに対し、ガードをきっちりと上げ上体を振り警戒します。京口選手は時折ジャブを上下に打ち分け、序盤はお互い左の差し合いになりました。が、開始30秒ほどすると、ふいに京口選手が寺地選手のジャブに右のクロスカウンターをかぶせてきました。これは浅かったためヒットしませんでしたが、京口選手はいきなり「かまして」きました。

またジャブの差し合いになると、徐々に寺地選手のジャブが京口選手を捉えるようになっていきます。しかしまた京口選手がクロスカウンターを合わせてきます。相手の左ジャブにかぶせるように放たれるクロスカウンターは当たれば倍返しとなりますが、寺地選手も反応良く回避するためクリーンヒットにはなりません。その後、寺地選手は再度ジャブでポイントを取りに行きますが、時折京口選手がクロスカウンターを合わせてきます。京口選手は早いラウンドでKOを狙っているかのように見えますが、これには少し違和感を覚えます。第1ラウンドに京口選手は9発ものクロスカウンターを打ちました。また、打とうとするモーションも合わせれば10発以上狙っています。これはボクシングのセオリーからすると、実は不自然なことなのです。

カウンターのセオリー

ではなぜ京口選手のクロスカウンターが不自然に見えるのか。

通常カウンターは、相手のパンチを待ってから打つ、と思われがちですが実は違います。

私の師匠であり、カウンターの名手だった今岡武雄会長がカウンターをこう例えて言っていたことがあります。

「餌をまいて、喰いついたら、釣り上げる」

この「餌をまく」とは牽制などで誘いをかけることで、「喰らいつく」とは誘いに乗って手を出すことで、「釣り上げる」とは誘いにつられて出てきたパンチに合わせてパンチを返すことです。

つまり、カウンターは「相手を誘って」「相手からパンチを引き出し」「そこに合わせる」ということです。

注目すべき点は「餌をまく」というところです。相手のパンチを待って、打ってきたパンチに反応するのには人間の身体能力では限界があります。また、いつ来るか分からないパンチに照準を絞ってしまうと、他のパンチの反応が鈍ってしまったり、フェイントに引っかかってしまったりするのです。このように相手の行動の後から反応しようとすることは逆に自身の意識に偏りを生じさせパフォーマンスが落ちてしまうのです。しかし、「餌をまく」という、待つのではなく自分から仕掛けることで、相手が「パンチを引き出す」とカウンターに最も重要な「いつ来るか」が分かるのです。つまり、誘うことでパンチを引き出すということは「タイミングを知る」ことであり、それがカウンターの極意というわけです。

ですからカウンターの名人は必ず自分から攻める(=誘う)ことで、相手のパンチが来るタイミングを見計らっているのです。逆に待ってしまうと相手のタイミングが分からずに自らの勘で合わせることになります。勘というのも勝負では重要になってきますが、世界最高峰の勝負で、勘に頼るというのは非常に危険です。

クロスカウンターの狙い

序盤京口選手が多数放ったクロスカウンターの「不自然さ」とは、先述の「餌をまく=誘う」という動作や、それに寺地選手が「喰らいつく=(ついパンチを出してしまう)」動作がほぼ見られなかったところです。寺地選手もカウンターを放っていますが、むしろこちらはしっかりジャブが餌になっているのでセオリー通りのカウンターのように見られます。

では、京口選手が餌をまかずに何発もカウンターを打てたはなぜか。もちろん猛練習したというのもあると思いますが、ヒットしたパンチを含めパンチが浅い様に見えるのです。つまり確信的に全力で打つのではなく、パンチの威力を落として小さくすることにより、取り合えず合わせることに全神経を集中させて打つ。そうすれば、何とか合わせることができたのではないかと思います。

しかし、そんな浅く威力の小さいクロスカウンターをたくさん打とうとした狙いは何か。

それは、寺地選手の「ジャブそのものを狙った」のではないかと考えられます。実は、以前寺地選手と京口選手はエキシビジョンマッチで闘っていて、その時京口選手は寺地選手のジャブの凄さを目の当たりにしたのではないかと思います。スピード・距離・タイミングが抜群のジャブをどうにかできないかと考えだされたのが「ジャブ封じのクロスカウンター」だったのではないかと思います。つまり、京口選手は敢えてあからさまにカウンターを狙っているように振る舞い、「カウンター狙ってるからジャブは出さないで」というプレッシャーを掛け、寺地選手のジャブを打たせにくくし、自分の有利な展開に持って行こうとしたのではないかと思います。

止まらないジャブ

しかし、寺地選手のジャブは止まりませんでした。第2ラウンドも京口選手はクロスカウンターでプレッシャーを掛けようとしますが、寺地選手はその意図を読んだのか、あるいは自分のジャブに自信を持っていたのか、尚も猛烈にジャブを京口選手に突き刺して行きます。

第3ラウンド、寺地選手のジャブからのコンビネーションもヒットし出し、流れは寺地選手傾いて行きました。寺地選手が得意とする、美しい王道のボクシングです。

もし仮に京口選手のカウンター作戦が勝り、寺地選手のジャブが止まったならば、その後京口選手に部がある接近戦からの打ち合いになる事が考えられます。

しかし、ジャブの止めなかったことで寺地選手は、京口選手のカウンター作戦を制したと言えます。京口選手は距離を離され接近戦が出来ず、体力も消耗して行きました。

先に打ち合いに出た寺地

第4ラウンド、何と先に打ち合いに出たのは寺地選手の方でした。

序盤今までと同じく、ジャブとフットワークで距離を保っていた寺地選手でしたが、1分が過ぎたあたりに軽やかに弾んでいたフットワークが一転、マットをしっかりと踏みしめてどっしりとしたフットワークに変化し、そこから強振のパンチを放つようになりました。これに京口選手も応戦するのですが、寺地選手の勢いは止まらず、乱打戦へと展開して行きます。しっかり踏ん張ってパンチを打つ寺地選手のパンチが京口選手を捉えます。終盤京口選手も何とか返しますが、このラウンドの両者のダメージには明白な差があったと思われます。

打ち合いを制した理由

この第4ラウンドの打ち合いは、なぜ寺地選手が京口選手を上回る事が出来たのでしょうか。

寺地選手は得意のジャブでペースを握り、自分のタイミングで打って出ました。京口選手は打ち合いが得意とはいえ、自分のタイミングでは無く無理矢理打ち合いをさせられた形になったと思われます。得意であってもタイミング次第ではそれを活かすことは難しくなるのです。逆にタイミングが良ければ相手の得意な闘い方にも勝ることがあるということを学ばせられるシーンです。

それと、寺地選手は打ち合いの技術は決して京口選手に大きく引けを取らないほど卓越していたと思えます。

このラウンドでジャブを止められず、打ち合いでも大きなダメージを受けた京口選手はかなり苦しくなりました。

ボクシング史に残る激闘ラウンド

続いて第5ラウンド、この試合がセオリーからドラマへと展開します。ラウンド序盤はいつものようにジャブの差し合いをするのですが、寺地選手はガードを下げてジャブを打ちます。ガードを下げれば当然防御力が下がる反面、パンチは打ちやすくなるため攻撃力は上がります。つまり寺地選手は「決めに行く」攻撃型の構えを取っていたと考えられます。そして、経過1分に満たないころに、寺地選手のジャブからの右ストレートが、京口選手のガードの隙間から顎に突き刺さります。京口選手はそのままストンとダウン。寺地選手は自身のセオリー通りの流れからダウンを取りました。京口選手は立ち上がりましたが、当然ここから寺地選手の「決めに行く」ラッシュが京口選手に襲い掛かります。残り時間はまだ2分近くあり、正に京口選手は絶体絶命です。構えを攻撃型にシフトし、決めにかかる寺地選手のパンチを懸命に捌きますが、被弾は免れず何発も京口選手の顎が跳ね上がります。しかし京口選手は懸命にガードを上げ、上体を振り、猛烈なパンチの雨を最小限の被弾に抑えます。時折カウンターを返すのですが、寺地選手の圧力に押し返されてしまいます。長い長い猛攻の時間が過ぎていきました。

しかし、残り30秒くらいの時に流れが変わりました。1分以上も強打を打ち続けていた寺地選手のスタミナが底をつき、勢いが弱まったのです。そこに京口選手のパンチがヒットすると、逆に寺地選手がぐらつきました。

それを見逃さずに今度は京口選手が寺地選手に反撃を仕掛けました。こうなると寺地選手のセオリーは崩れ出しました。あわよくば、ダウン寸前まで京口選手は寺地選手を追い詰めましたが、もみくちゃになって両者マットに倒れこんだところでゴングが鳴り響きました。

完璧なセオリー通りのボクシングと怒涛の連打で必勝をものにしようとした寺地選手と、連打を数秒耐えることも困難な状況で1分以上も耐え、相手に打ち疲れを引き出すほどの驚異的なディフェンスと打たれ強さを見せ、そして逆転寸前にまで盛り返した京口選手の、稀にみる3分間の激闘でした。

むき出しのボクサーの闘い

第6ラウンドはまた、寺地選手がジャブを放ちアウトボクシングを始めました。体力回復を図る狙いがあると思われますが、京口選手も深追いはせず、このラウンドは比較的静かなラウンドで終わりました。しかし、体力の消耗よりもパンチによるダメージでは圧倒的に京口選手の方が大きく、このラウンドで寺地選手にスタミナの回復をされてしまうことは京口選手にとっては不利になってしまう可能性がありました。

第7ラウンド、前のラウンドで若干体力を回復させた寺地選手が出ます。開始30秒が経ったころ左右の強振で圧を掛けます。しかし、この段階になると、京口選手はほとんど冷静に考えられる状態になかったのかもしれません。その闘う姿は気力と日々の練習がそのまま形になっているかのようです。

ラウンド中盤以降も寺地選手の攻勢が続きますが、体力が消耗していきます。京口選手も気力を振り絞りパンチを返します。残り1分を切ったところで京口選手渾身の右が入りました。会場から歓声が沸きます。寺地選手もかなり苦しいですが踏みとどまり、また更に打ち返します。残り30秒を切ったところで寺地選手の右がヒットし、ガクンと京口選手の膝が落ち、そのままロープまで下がったところでレフェリーがストップしました。

名勝負がみせてくれるもの

この試合は序盤から5ラウンドまでは、お互いの作戦の激しい攻防という戦略的な駆け引きの面白さがあり、5ラウンド以降激闘の中で展開した、むき出しのボクサーの闘いへと変貌していく、私の思う名勝負の条件をすべて満たした試合だと思います。

作戦では寺地選手が勝っていたように見えましたが、京口選手の最後まであきらめない姿は、最後まで逆転するかもしれない期待をさせました。

ボクシングのことを詳しいひともそうでないひとも、こんな名勝負を目の当たりにすれば何かを感じずにはいられないのではないかと思います。

その何かを時間をかけて私なりの言葉にしたのが、「名勝負の見方」です。

また素晴らしい試合とその感動を書いていけたら思います。

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