今回は世界で全も有名なボクサーである、フロイド・メイウェザーの見方について解説したいと思います。
メイウェザーは多額のファイトマネーを稼ぎ、現役時代のリングネームはその名の通り「マネー(金の亡者)」と呼ばれていました。彼は戦績50戦無敗という大記録を打ちたてて現役を引退しました。無敗で引退したボクサーとしては歴代トップの記録です。しかも、マニー・パッキャオ、サウルアルバレス、オスカーデラホーヤ、と言った名だたる強豪と闘って勝利していきました。
メイウェザーの凄さを知ることは、現代ボクシングの最高峰を知ることではないか思います。なぜなら、現在のトップボクサーの多くは、メイウェザーのスタイルに少なからず影響を受けているように見えるのです。つまり、過去の王道の形を現在へと進化させた人物と言っても過言ではないと思います。
現在のボクシングの王道とは、そして彼はなぜ負けないのか?
メイウェザーの強さの秘密に迫ってみたいと思います。
ボクサー・メイウェザーの特徴
強靭な肉体
現役時代のメイウェザーは、とにかくトレーニングの量が並大抵ではないことで有名です。トレーニングはただたくさんすればいいというものではなく、当然やり過ぎればオーバーワークになってしまいます。しかし、メイウェザーは数十分間ミットを打ち続けたり、何十ラウンドもスパーリングをやったりと、異常ともいえるトレーニングをこなしていたと言います。そのトレーニングによって鍛え上げられた肉体もさることながら、そもそもそんなトレーニングに耐えることのできる肉体と精神力をもつこと自体が、彼の強さの源にあるのかもしれません。メイウェザーの言葉に「俺はお前(相手)が寝ている時もトレーニングした、起きている時もトレーニングした、トレーニングしている時もトレーニングした。」と言う名言があります。いかに凄まじいトレーニングをこなしていたのかを物語っているように思います。
L字ガードとコーナー戦法
メイウェザーの構えは「L字ガード」です。この構えは左腕でボディと右腕で右の側面をカバーしていますが、左の側面はがら空きになります。 両腕を顔の前に置く「オーソドックススタイル」と両腕をだらりと下げる「ノーガードスタイル」の中間といったスタイルです。その構えのメリットはボディがほとんどカバーされていることと、下から飛んでくるジャブ(フリッカージャブ)を打てること、そして何よりオーソドックススタイルより視界が広くなるということが挙げられます。デメリットとしては、顔面の左側面がノーガードになるので、相手の右パンチを直撃しやすい点です。しかし、メイウェザーは相手の右パンチに対して体を後ろに反らし、ショルダーブロック(左肩でブロック)を駆使してこの構えのデメリットを克服しています。
また、彼の特徴的な戦法は、コーナーに自ら下がりそこで待ち受ける戦法です。わざわざ逃げ場の少ない場所に行けば当然相手は攻めてきます。しかしメイウェザーはこの場所でのあらゆるディフェンスパターンを熟知しており、決して有効打をもらわないのです。 そして相手はチャンスだから打って出るのですが、メイウェザーの得意な場所でパンチを出さざるをえない状況に気づかず、パンチを打たされてカウンターの餌食になってしまうのです。
二つのスピード
そして、メイウェザーのテクニックを理解する上で重要になるのが、この「二つのスピード」です。
一つ目のスピードは「速さ」です。これは文字通り肉体のスピード、俊敏な動きや反応速度のことです。つまり動物的な勘の良さや動きの速さがメイウェザーはズバ抜けて優れているのです。先述の通り、メイウェザーはとてつもない練習量によって自身の身体能力を極限まで引き上げることができるのです。メイウェザーのどのパンチも一切モーション(予備動作)がなく、また抜群に速いのです。ジャブ、ストレートなどはパンチというよりレーザービームのようです。動画などで離れた距離から客観的に見れば多少見えるかもしれませんが、目の前1mくらいのところから主観でこのパンチを捉えることは至難の業です。そうなると相手は、高速のジャブ・ストレートをかわすことに必死になり否応なく意識がそのパンチに行き、うかつに攻めることが出来なくなります。メイウェザーは高速のパンチを「攻撃」だけでなく「牽制=自分の思うとおりに相手を動かく」に利用するという高度なテクニックを持っているのです。
二つ目のスピードは「早さ」です。この言葉の意味は「ある基準時間よりも先に起こること」とあります。例えば「早起き」と言えば、「普段起きる時間(基準時間)より前の時間に起きること」、というように「時」に関するスピードを表します。メイウェザーの「早さ」とは「先に行動する」、言いかえると「先手を取る」ということに非常に長けているのです。メイウェザーの頭の中には常に二手、三手先の動きが計算されていて、こうパンチを打ったらこっちに移動して、また打って、、、という思考のもと、最初の一手が打たれるのです。
そして抜群に速いジャブを見せつけられた相手は、目の前のメイウェザーに釘付けになってしまいます。相手が見ている目の前のメイウェザーという「今のメイウェザーの姿」は、メイウェザー自身にとっては「二手、三手前の姿」つまり、すでに過去の姿なのです。目の前の虚像めがけてパンチを打っても本当のメイウェザーはすでにそこにはいないのです。この二つのスピードを駆使することで、相手のパンチはことごとく空を切ってしまうのです。
メイウェザーのディフェンスは「相手のパンチをかわすのが上手い」というよりは、「自分のいないところにパンチを打たせるのが上手い」といった方が正確なのかもしれません。
徹底的な「負けない」闘い方
メイウェザーはプロデビューから3年くらいは破竹の勢いでKOを積み重ねていきましたが、その後KO率は次第に下がっていきました。これは、階級を上げることによって相手の耐久力が上がったということもあると思いますが、明らかにファイトスタイルも変化しました。無理にKOを狙わない、良く言えばクレバーに、悪く言えば消極的な試合が増えてきたのです。これは観客目線で見ればブーイングも致し方ない試合運びに思えますが、常に集中を切らさず、被弾を最小限にし、うかつに攻めず、確実にポイントを取れるところだけ打つ、それは実は大変難しいことなのです。
とは言え、すべての試合でこのやり方が成功した訳ではありません。そこで、最も苦戦したと言われる試合から、メイウェザーの負けない秘密を探ってみたいと思います。
苦戦した相手から読み取るメイウェザーの負けない秘密
過去に記者から「最もタフだった相手は?」という質問に、メイウェザーが挙げた名前が話題になりました。彼が発したのは「エマニュエル・オーガスタス」という名前だったのですが、皆さんはこの選手をご存じでしょうか?この選手の生涯戦績は78戦38勝34敗6分という記録で、キャリアの半分近く敗戦しています。抜群に有名でもなく(メイウェザーのこの発言により知名度は上がりましたが)、偉業とも言えないこの戦績の選手の名前が挙がったことに意外な返答だと話題になったのです。
対戦当時の戦績はメイウェザー23勝無敗、対するオーガスタスは22勝16敗4分と勝ちの数は同じくらいですが、勝率は100%対52%と雲泥の差がありました。これだけ差があると、いわゆる「アンダードッグ」という見方をされてしまうのですが、この選手との試合は、後のインタビューの答え通り、とてもタフな試合になりました。
難敵、エマニュエル・オーガスタスとは
オーガスタスの特徴は何といっても超変則なスタイルです。ドランケンマスター(酔拳)という異名を持ち、以前解説したナジームハメドのようにノーガードで予測不能な動きをします。時に笑ったり、まるでダンスを踊るかのように振る舞い挑発したります。体は柔軟でスルスルとパンチをかわすテクニックを持っていて、時にマイペースに振る舞うことで相手を自分のペースに引き込んでしまうこともありました。しかしノーガードのため被弾も多く、またふざけている様な闘い方がジャッジに悪い印象を与えてしまい、競った試合の判定を落としてしまうことも多かったのです。
そんなオーガスタスは、一体どんな闘い方でメイウェザーを苦しめたのでしょうか?
メイウェザー vs オーガスタス
2000年10月21日、ボクサー・メイウェザー史上最もタフと言われた試合の火蓋が切って落とされました。
試合開始早々、いきなりメイウェザーが高速のフックを放ちます。それをオーガスタスはダッキングでかわすと前に出ます。メイウェザーはすぐにストレート、ボディと打ちますが、オーガスタスは体を振りながらこれも回避。メイウェザーはジャブから丁寧に牽制をするのではなく、ガードを下げ、しかも強打を振っています。明らかに倒すことを意識した攻め方です。オーガスタスもジャブを返しますが、メイウェザーはこれにすべて反応し全くもらいません。動きのキレをみてもメイウェザーの仕上がりは良いように思えます。開始から1分ほどの間にかなりハイペースでメイウェザーは攻めました。しかし、、、なんとオーガスタスもほとんどメイウェザーのパンチをもらっていないのです!開始1分が過ぎたところで急にメイウェザーが警戒モードに入ります。丁寧にジャブをついて「いつもの」ボクシングスタイルに切り替えたのです。メイウェザーが高速のジャブが放ちます。しかしオーガスタスはスルスルとそのジャブをかわしてしまいます。そして、オーガスタスはメイウェザーを挑発するかのようにガードをスッと下げ、ニヤリと笑みを見せました。
これにはメイウェザーも驚いたと思います!その後瞬速のジャブ、ストレート、ボディなどが放たれますが、またもオーガスタスがスルスルとかわし明確なダメージを与えることができません。そのまま1R終了のゴングが鳴りました。その直後オーガスタスはまたニヤリと笑って投げキッスのようなジェスチャーをしてコーナーに戻りました。このラウンドは時折メイウェザーのボディブローがヒットしたので、ポイントはメイウェザーについたと思いますが、両者コーナーでの表情は対照的でした。笑みを浮かべるオーガスタスと神妙な表情のメイウェザー。精神的なダメージはむしろメイウェザーの方が受けたのではないかと思います。
ボクシングにおいてジャブが通用しないというのは、戦術の根本が覆されるということです。このラウンドでは、序盤早期決着を意識しいきなり攻めに出たメイウェザーですが、それらが通用しないことに気づいたため、戦法を通常のジャブからの攻めに戻し堅実な闘い方をしようとしたにも関わらず、最速の武器であるジャブでさえもよけられてしまい、しかも笑顔まで見せられてしまっいました。メイウェザーとその陣営には大きな誤算があったのではないかと思います。
第2R、オーガスタスが出ます。果敢にジャブを打ちながら前に出て、接近戦に持ち込みます。これはメイウェザーの得意なパターンになったので冷静にかわして対処しようとしました。しかし、メイウェザーも当てられない。オーガスタスが打ち終わりに流れるように頭を振るため、メイウェザーは捉えることができません。しかし、ラウンド後半メイウェザーの強打がオーガスタスにヒットします。が、オーガスタスは頭を振ることをやめず、なお打ち返します。相当な打ち合いで何発かクリーンヒットがあったにも関わらず、それをもろともせずに打ち返すオーガスタスのタフネスぶりがうかがえます。このラウンドも終了のゴングと共にオーガスタスがニヤリと笑みを浮かべました。
高速で発射されるメイウェザーのパンチはことごとくかわされ、ロープ際での待ち戦法でもパンチをもらってしまう。メイウェザーとしてはあり得ないことの連続だったのではないかと推測します。その誤算は何だったのでしょうか?
メイウェザーの誤算
なぜメイウェザーのジャブはこれほどかわされてしまうのか。これはこの試合最大の難題です。
強いて言えばですが、通常、プロボクサーのパンチを肉眼で捉えてから反応してかわすということはほぼ不可能です。なぜかと言うと、ボクサーはパンチを眼でかわすのではなく「間」でかわすのです。間とは距離(位置)やタイミングです。この位置にいると打たれるとか、このタイミングで打ってくるといった間を選手は肌で感じて反応するのです。オーガスタスはそういった間を感じ取るセンサーがかなり敏感で、常に先に動いてメイウェザーに自分のいないところに打たせていたと言えるのかもしれません。これは本来メイウェザーが得意とするディフェンステクニックのはずです。
また、メイウェザーは速いだけでなく早さも持っています。メイウェザーの姿はそこに見えていても、彼の頭の中は二手三手先の世界にいるのです。しかし、ジャブの通用しないオーガスタスは常に今のメイウェザーにとらわれず、マイペースに先へ先へと動きます。早さにおいてもオーガスタスはメイウェザーに引けを取らなかったのではないかと思います。言い方を変えれば、オーガスタスはメイウェザーを目の前の「今」におびき出したとも言えるのです。
それが何を意味するのでしょうか。
現代ボクシング最高峰のテクニック
先の誤算によって、メイウェザーは「自分のやりたかったことをオーガスタスにされてしまった」のではないかというのが私の導き出した答えです。メイウェザーのやりたかったこととは、先述の「二つのスピード」を駆使し、相手から「パンチを引き出す」ことです。
ボクシングはよく「打たせずに打つ」と言われます。しかし、メイウェザーのボクシングはそれをもう一つ踏み込んだ革新的なテクニックをはらんでいるのです。それこそがメイウェザーの負けない秘密であり、それを言葉にするなら
「打たされずに打たせる」
です。これこそが現代ボクシングの最高峰のテクニックであり、過去のボクシングを現在に引き上げた所以なのです!
それまでのメイウェザーの相手はただひたすらに懸命にパンチを打っていたのですが、実はメイウェザー(のいないところ)にパンチを打たされていたのです。しかしオーガスタスは違いました。メイウェザーのスピーディーなパンチやプレッシャーなどお構いなしに、常にマイペースで自分のタイミングでパンチを打っていました。メイウェザーは自分のパンチが当たらないため、強振で食い止めようとします。そこにオーガスタスのカウンターが襲い掛かりました。まさに、メイウェザーがしたいはずの、相手のパンチを引き出してカウンターを打つ戦法です。メイウェザーも必死で自分のペースに引きずり込もうとします。敢えて遅いジャブ、ストレートを打って誘いますが、オーガスタスも遅いパンチを打ち返し、まるでマスボクシング(軽めのスパーリング)を見ているかのようなシーンすらありました。ペースを取りたいメイウェザー、自由奔放なオーガスタス。
それでも強靭な肉体と身体能力で手数とヒット数で強引ながらポイントを稼ぎ、試合はメイウェザーが全てのラウンドでポイントを取っていました。しかし、自分のペースで試合を進められない精神的なダメージと疲労の蓄積は相当だったと思います。
予想通りの結果と予想外の内容
第9ラウンドに勝負に出たメイウェザーの猛攻に、オーガスタスのセコンドがタオルで棄権を表し、メイウェザーのTKO勝ちとなりました。それまでの採点がフルマーク、9ラウンドTKOというのは数字だけを見れば戦前の予想通りだったのかもしれません。しかしその内容は、メイウェザーの想像とはかけ離れたものだったのではないかと思います。
試合を振り返れば、「最速のジャブがあまり通用せず、自分の必勝のパターンに持ち込むことが出来ず、相手に前進を許し、打ち合いをさせられ、カウンターを打たれ、自分のしたかったことを相手にさせられてしまい、一番やりたくなかった強引な攻めに行ってしまった」のです。まさに「打たされずに打たせる」のメイウェザーの必勝法が崩されてしまった内容になってしまっているのです。
勝利した瞬間のメイウェザーの喜ぶ様は、嬉しさというよりは安堵の部分が少なくなかったのではないかと感じました。観る者からすると、メイウェザーの底力が観られた貴重な試合ではないかと思います。
メイウェザーに対し、最後まで果敢に前進を止めなかったオーガスタスを称える声は数多くあります。メイウェザーをここまで苦しめたのは、高度な計算や戦略があったというよりは、(ラウンドが終わるたびにニヤリと笑う表情からして)ただただ試合を楽しんでいたからではないかと推察します。そのためオーガスタスはメイウェザーのスピードやフェイントに翻弄されることなく、ただマイペースにのびのびと自分の強さを発揮できたと思います。
歴代最強のボクサー
その後メイウェザーは自身のスタイルをさらに強化させて、名だたる強豪たちを無双し、50戦無敗のまま引退しました。
歴代のボクサーの中で最強は誰か?という話題にメイウェザーの名前が挙がることもよくあります。
私もその一人です。その理由は、彼は何よりもまず努力をし、そして現代ボクシング最高峰のテクニックを駆使し、持てるすべての体力と技術を勝利そのためだけに集中できる類稀なボクサーだからです。それ故消極的なファイトも時々見られ顰蹙を買うこともありますが、それはメイウェザーの戦法が研究され、相手も出るに出られない状況が生まれてしまうが故のことなのかもしれません。
現代ボクシングの最高峰のテクニック「打たされずに打たせる」。いえ、このテクニックは昔からあったと思います。しかし、メイウェザーの存在によってそれがより明確化したのだと思います。先述のとおり、その意味で彼が現在の王道のボクシングを変えたのではないかと思います。
現在のトップ選手がこのテクニックを駆使して闘っています。画面に映される彼らの姿のその脳裏に、彼らの数手先を取り合う駆け引きが繰り広げられています。その駆け引きに勝った方がパンチを打たせ、負けた方が打たされる。そこを見分けられるのが、一つ上のボクシングの見方だと思います。
なぜメイウェザーは負けないのか
さて、最初に掲げた命題に戻りたいと思います。こうして洞察してきた私なりの答えは、
「あなたがメイウェザーにパンチを放つ時、そのパンチは打っているのではなく打たされています。
あなたの目の前にいるメイウェザーの姿は、メイウェザーの過去の姿です。
あなたのパンチはメイウェザーによって、彼のいない所に打たされるのです。
彼は目の前に見えている、しかしあなたと彼との距離はずっと遠くにある。それを知らない限り彼に勝つことは難しい」
です。しかし現在の私たちは彼のことを少なからず知っています。
メイウェザーに勝利する為に何をすればいいのか。
それは、彼よりも多くのトレーニングをし、彼よりも強靭な肉体を手に入れ、彼よりも深い先の世界が見える能力を獲得する必要があります。
それは大変困難な事です。しかし、現代のボクサーが最強へと挑戦する命題でもあると思うのです。