名勝負の見方① ゲンナジー・ゴロフキンVS村田諒太(後編)

前編では、ゴロフキン選手と村田選手がどんなボクサーなのかを解説しました。

鉄壁の防御と強力な連打が武器のゴロフキン選手と、戦艦大和の大砲のようなワンツーが武器の村田選手とのバトルが始まります。

後編は、試合の内容を独自の見方で解説していきます。この試合がいかにすごい名勝負なのかを熱く語りたいと思います!

ゴングの前の二人

リングに上がった村田選手の眼は、完全にゾーンに入っているかのような、研ぎ澄まされた眼をしていました。対するゴロフキン選手の表情は、決して油断していない緊張感を孕み、全く隙を感じさせない最強王者の風格を醸し出していました。

さいたまスーパーアリーナに両選手の国家が流され、会場のボルテージは最高潮に高まりました。

試合開始のゴングと共に、両選手の眼と眼はリング中央でにらみ合いました。

バージョンアップされた村田選手の動き

開始早々、ゴロフキン選手のジャブが村田選手を捉えました。村田選手の顎が跳ね上がり、会場がどよめきます。一発のジャブですら、ゴロフキン選手のパンチの強さを十分感じさせます。しかし村田選手も応戦します。村田選手は以前のように間を作ってプレッシャーを掛けるのではなく、もっとアクティブに動いて手数を出し、軽快なスタイルで闘います。これは以前村田選手が敗戦した時、ダイレクトリマッチ(続けて同じ選手と試合をすること)でスタイルを一新し、間をあまり作らず積極的に攻める超攻撃型に変更したときのスタイルでした。

序盤はお互い距離の探り合いをしていたため比較的ロングレンジ(遠い距離)となり、村田選手が得意のワンツーを放ちましたが、なかなかゴロフキン選手を捉えることができません。しかし村田選手はボディストレートを打つことで上下に的を絞らせない工夫を見せたため、ゴロフキン選手の表情が険しくなりました。

さらに、ゴロフキン選手が入ってきたところにボディフックを打ち込むという多彩な攻撃で、ゴロフキン選手と互角に打ち合います。ゴロフキン選手も巧みなディフェンスでクリーンヒットを許さず、ミドルレンジに入ったところで強力な左右のフックを打ってきます。村田選手は固くガードをして簡単には下がらずに堪えます。両者一歩も譲らない試合展開でしたが、村田選手はある秘策を早々に狙っていました。

ゴロフキン下がる

第2ラウンドが始まると村田選手の主砲であるワンツーが放たれます。ゴロフキン選手はこれを回避し瞬時に距離を詰めようと前に出ます。ところがその瞬間、村田選手も前に出ました。ミドルレンジに入ろうとしたゴロフキン選手でしたが、村田選手も前に出たため、お互いの体がくっついた状態になりました。次の瞬間村田選手は強引にゴロフキン選手を肩で突き放すことでゴロフキン選手との距離を開けました。その瞬間ロングレンジが生まれました。間髪入れず村田選手のワンツーが放たれたのです!ゴロフキン選手は押されて体勢が崩れているため、このワンツーをガードするのが精一杯です。村田選手の狙いとは、ゴロフキン選手が入ってきた瞬間に敢えて自分も前に踏み込み、ミドルではなく超接近に持ち込み肩で押す→距離が開く(ロングレンジを作る)→得意のワンツーを放つという作戦でした。また、ゴロフキン選手の右フックをブロックした瞬間にも(その衝撃を利用して)素早く懐に踏み込み、また押してからワンツーを叩き込みました。ゴロフキン選手側からすれば、パンチをかわしても、あるいはパンチを打っても村田選手が懐に入って来て、跳ね飛ばされ、次の瞬間強力なワンツーが襲い掛かってくる、といった形になったと思います。村田選手はこの戦法で強力なゴロフキン選手のミドルレンジの壁を払いのけ、ロングレンジを作り出し、自分が最も得意とするパンチを存分に放つことができたのです。

それだけではありません。くっついた状態からの攻めもバリエーションがあり、突き飛ばすのではなく、少し押して隙間を作り、その瞬間右フックを叩き込むという攻めも見せました。

この戦法にはたまらずゴロフキン選手は後退させられました。決して下がらず、むしろ相手を後退させてロープ際に追い込むゴロフキン選手の戦法を村田選手が破ったのです。

諸刃の剣の戦法

しかし、この作戦はリスクもありました。一つはゴロフキン選手のパンチを受けた瞬間に踏み込むため、多少なりともダメージを負う前提の戦法であることと、体力の消耗が著しいことです。パンチを受けることの消耗もあると思いますが、相手のパンチを受ける(ガードする)→押す→自分がパンチを放つという続けざまのアクションはかなり体力を使います。また村田選手はブレイクした後など、とにかくロングレンジができた瞬間先に攻めることを徹底していました。これは相手が休みたいときに攻めて、攻撃の機会を増やす意図が読み取れます。しかし、相手が休みたいときというのは、自分も休みたいときでもあります。つまり村田選手は休むことなく攻めて攻めて攻めまくった結果、ゴロフキン選手はたまらず後退したのだと思います。この闘い方を12ラウンド続けるのはとても考えられないハイペースに見えました。

ゴロフキンの変化

序盤から4ラウンド辺りまでは、村田選手の戦法によりゴロフキン選手は後手を踏んでいるように見えました。しかし、ゴロフキン選手もただやられているわけではありません。

明らかに4ラウンドからゴロフキン選手の動きに変化が見られました。横への移動が増えてきたのです。本来ゴロフキン選手はしっかりとディフェンスをしながら飽くまで正面で闘うスタイルでしたが、正面で打ち合おうとすると、村田選手が懐に入って来て突き飛ばされる→ワンツー、またはくっついたところからの右フックという戦法によって思うようにいきません。そこでサイドに移動することでパンチの角度を変え、正面をガードしている村田選手の隙間を狙っう戦法に変化しました。この変化によって村田選手の戦法が徐々に通用しなくなっていきます。村田選手は正面ガードをしながら前へ出てくっつこうとしても、ゴロフキン選手にサイドステップでかわされガードの隙間からフックをもらってしまう。ゴロフキン選手の右フックに合わせて入ろうとしても、逆サイドにゴロフキン選手も移動しかわされてしまう。超接近が出来なくなった村田選手はロングレンジとミドルレンジの狭間で闘うことになりました。しかしロングレンジは村田選手の距離です。果敢にワンツーを放ち応戦します。

マウスピースが弾け飛ぶ

第5ラウンド、ゴロフキン選手のサイドへのややアウトボクシング寄りの戦法に、村田選手の攻撃は単発になってきました。強力でありながらコンパクトで数の多いゴロフキン選手パンチが、村田選手の体力と意識を奪っていきます。なおかつ、村田選手の戦法はそれ自体物凄く消耗する闘い方で、この段階でもかなり消耗しているように見えました。攻勢に出るゴロフキン選手の右フックが村田選手の顎に突き刺さり、マウスピースが弾け飛びました。ゴロフキン選手のパンチの凄まじさと、それに耐える村田選手の意地がぶつかるラウンドでした。

それでも大砲を放ち続ける

試合の流れはゴロフキン選手に傾いてるように見えました。村田選手の大きなパンチは鉄壁のディフェンスに防がれ、正面ガードは隙間を打たれ、超接近はかわされる。6,7,8ラウンドと村田選手も奮闘しますが4ラウンド以降のゴロフキン選手の作戦変更により着弾率が格段に下がってしまいました。序盤で見せた村田選手の様々な戦法は、ゴロフキン選手の作戦変更以降、新たな変化は余り見られなくなりました。もしかしたら、村田選手の作戦はその時崩されてしまったのかもしれません。しかし村田選手の眼は死んでいませんでした。一発一発のパンチには力が込められており、そのワンツーをゴロフキン選手はとにかく丁寧にブロックしていました。一発でも食らったらどうなるかよくわかっていたのでしょう。最後まで、ゴロフキン選手にとって村田選手のワンツーは脅威であったはずです。

大和沈む

第9ラウンド、ゴングが鳴ってすぐに両者の右ストレートが交差しました。その瞬間村田選手の動きが止まり、数歩後退しました。右ストレートは村田選手だけにクリーンヒットしたのです。これを見逃さずにゴロフキン選手が猛追をしかけました。村田選手はロープにつまり強打を受けます。

その後、目線がずれたところにフックがさく裂し、村田選手はマットに沈みました。その直後セコンドからタオルが投げられ試合は終わりました。ゴロフキン選手に笑顔はありませんでした。

試合後のインタビューでゴロフキン選手は入場の時に羽織っていたガウンを村田選手に着せました。母国カザフスタンの伝統の模様が刺繍された華やかな衣装は、彼の母国への誇りであり、それを差し出した村田選手へのリスペクトであったのではないでしょうか。とても美しい光景でした。

「ゴロフキンVS村田」が伝えたもの

村田選手はこの試合にどんな想いで臨んだのか。試合から読み取れる範囲でしかありませんが、私はこう思いました。

村田選手はゴロフキン選手との力の差を良く理解し、研究していたのではないかと思いました。序盤からのハイペースな攻めと有効な戦法を惜しみなく出したのは、短期決戦を狙ったのではないか。多くの戦法を用いようとすると、その一つひとつの練習量が分散し練度が下がります。村田選手は考え抜いた末に必ず勝てる戦法に的を絞って、極限なまでにその技を磨いたのでは無いでしょうか。ゴロフキン選手との力の差を認め、針に糸を通すような小さ可能性を、磨き上げて最大限広げた村田選手の努力と勇気。そしてそれが破られてもなお諦めずに最後まで闘い抜いた姿に感動せずにはいられません。ゴロフキン選手が作戦変更したのが第4ラウンド、試合終了が第9ラウンドです。不利になりながらも諦めない姿が、ここまで試合を長引かせたのではないでしょうか。それはゴロフキン選手を苦しめた時間でもあるはずです。

村田選手の結果は9ラウンドTKO負けでしたが、彼の闘う姿は日本人として忘れてはいけないではないかと私は思います。

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