ボクシング漫画で最も有名な作品の一つ「はじめの一歩」。その32巻での闘いは、私がボクシングを憧れるきっかけとなった名勝負でした。個人的にとても思い入れのあるこの勝負が、いかに凄いのかをぜひとも語らせていただけたらと思います。
この巻で描かれているのは、主人公一歩の先輩である木村と一歩をライバル視している間柴との闘いです。
二人の闘いは、「ボクサーの生きざま」をリアルに描いた傑作だと私は思います。
ボクサーの生きざまとは
圧倒的な強さを誇る間柴に挑む、決死の覚悟を秘めた木村。後輩一歩が自分の先へ先へと上り詰めているその姿を見上げながら、ひしひしと募ら想い。無謀であるかのような闘いにその想いが向かわせるけど、それは木村にとって決して無謀ではなかった。自分自身を十分洞察した結果、誰もが思いもよらない戦略を生み出し、その試合は誰もが思いもよらない展開へと発展いてゆく。
苦労し憂き目にあいながら、その夢を尚も力強く追い求めようとする、決死の覚悟で挑んだ漢の闘いが始まる。
間柴了 vs 木村達也
序盤、チャンピオン間柴は圧倒的なポテンシャルの違いを見せつける。アウトボクシングでは勝負にならないと悟り、インファイトで挑んだ木村を容赦なく刻む驚異の武器、「フリッカージャブ」。努力して対策した木村の戦法はことごとく駆逐される。
全く歯が立たない木村に楽勝と踏んだ間柴は、この闘いを世界に見せつけ、木村を世界チャンピオンへの実験台に位置付ける。
ゴングが鳴りコーナーに帰る両者だが、その差は明白に見えた。
しかしインターバルで木村は相棒の青木にこう言う。
「確かに間柴は強いよ
予想通りだ
だが『予想以上じゃねぇ』
まあ見てろよ」と。
木村の作戦
開始のゴングが鳴り、またも間柴のフリッカージャブが襲い掛かる。インファイトで挑む木村はことごとくフリッカージャブの餌食にとなり、ラウンドだけが過ぎて行く。
第6R、とうとう木村がダウンする。
もう駄目かと思いきや、なんと木村の反撃が始まる。「蹴り脚の引き付け」という新戦法で間柴の懐に潜り込んみ連打を浴びせたのだ。
この戦法は、間柴のジャブをよけた瞬間相手の懐に前脚を踏み込み右ボディを打ってガードさる。間その隙に、後ろ脚(蹴り脚)を引き付ける。こうすることで間柴の懐に潜り込むことが出来る。そこでボディブローの連打をお見舞いする。
木村の反撃に間柴は旋律する。得意のフリッカージャブが破られたのかもしれないと。
しつこく潜り込んでくる木村に、間柴も学習する。(ここが間柴の凄いところだ!)
インターバルで間柴は言う。
「馬鹿の一つ覚えの攻撃じゃ通用しねえコトを思い知らせてやるよ」
開始のゴングが鳴り、再度懐に潜り込んできた木村に今度は間柴がアッパーカットを浴びせ、木村のあごが跳ね上がる。懐に入って来た相手にアッパーは絶好の位置にある。木村は負けじと潜り込もうとするがそれを読んでいた間柴のアッパーカットで、またも木村は苦境に立たされる。
しかし、木村の本当の狙いは正にこれだった!
本当の狙い
木村は、間柴に「懐に潜り込んでボディブローを打ってくると『思わせる』」ために、しつこく懐に潜り込んだのだ。
そして木村の「本当の狙い」が炸裂する!
木村の頭の中で過去の記憶が蘇る。
「何度
もう何度サンドバッグを叩いただろう
ジャブ・ストレート・フック
何百回何千回
気の遠くなるほど
数打ち込んだ
全ては…
全ては―
(完璧な伏線だ)
この一撃のためにーーー!!」
その瞬間、『ドラゴンフィッシュブロー』が炸裂した!
完全に自分の懐に潜り込んでくると『思わせた』最中の一撃。ドラゴンフィッシュが水面から地上に飛び上がり獲物を捕らえるように、下に意識がある間柴の視線を上空から鋭角に木村のオーバーハンドブローが襲いかかった。
ドラゴンフィッシュブローとは、真上に振りかぶったオーバーハンドブローのことだった。これこそが木村の本当の狙いだったのだ!
ドラゴンフィッシュブローヒットのからくり
この大振りのパンチがなぜヒットしたのか。
それは、
- 木村自身が囮となり、インファイトを仕掛ける。
- 間柴にフリッカージャブを打たせ、そのタイミングを体に刻み込む。
- フリッカージャブのタイミングがわかったら、今度は間柴の懐に潜り込み下を警戒させる。
- 懐を警戒させ、頭上の警戒を疎かにさせる。
- 隙となった頭上から『ドラゴンフィッシュブロー」を放つ!
これこそが木村の練りに練った作戦だったのだ!
間柴ダウンを喫す
全く予期しなかった一撃を受け間柴はダウンを喫する。天井を見た間柴は何が起こったのか理解できぬほどに混乱した。ダメージは深刻だった。
しかし、間柴は立ち上がる。彼もまた負けられぬ執念を秘めた強さを持っていた。
この機を逃さぬと、木村はまたドラゴンフィッシュブローを放つ。強烈な衝撃と、執念ともいえる無意識の反射で間柴は思わず木村に抱き着き、なんとかダウンを免れる。そこでゴングが鳴った。
勝ちを確信した木村に、間柴も執念を見せる。もう世界などとは言っていられないと悟った間柴は、強力な「チョッピングライト」で反撃する。振り下ろされる強力な右ストレートに苦戦するが、木村の勢いは止まらない。
両者乱打戦の中で、クリンチをしようとした間柴の懐にすかさず潜り込んだ木村が、ボディの連打で攻める。連打連打連打!我慢の限界が来た間柴が思わずガードを下げてしまった。その瞬間、またも木村のドラゴンフィッシュブローが間柴に襲い掛かった。間柴も覚悟を決め振りかぶる。
ボクサーの一騎討ち
火花が散った!マウスピースが跳んだ瞬間、木村は勝ちを確信した。
「届いたーーーーっ!!
オレの拳が届いたんだ
チャンピオンベルトに!
(視界は暗闇に)
なんでだよ?ベルトも何も…
見えねえよ」
相棒の青木の表情が陰る。
前のめりに倒れ込む木村。一瞬速く間柴のブローが木村の顔面を捉えていたのだ。直線的な間柴のブローと、オーバーハンドの木村のブローに着弾の時間差が生まれてしまったのだ。ごく小さな差が勝負に大きな差を生んだ。
崩れゆく木村を見たセコンドがタオルを手にする。それを制止する青木。青木は木村と苦楽を共にして来たからこそ、木村に己の勝負を決めさせたいと叫んだ。しかしセコンドは、あれは危険な倒れ方だったと青木を諭した。
その時、そこに立ち上がるボクサーの姿があった。木村が立ったのだ。
間柴は驚愕した!レフェリーが木村を注視する。間柴は混乱していた。もう打って出なくては勝てないと。
眼の光が消えていないと判断したレフェリーがファイト!と叫ぶ。思わず間柴が打って出た。その混乱したパンチに、
木村のカウンターの拳が伸びた。
その瞬間、レフェリーが割って入った。間柴は何が起こったのか分からなかった。
しかし、自分に向けけられた拳が静止していることに気づいた。木村は立ったまま意識を失っていたのだ。
そして両雄の闘いの終わりを告げるゴングが鳴った。
意識を取り戻した木村は、目の前にいる青木の言葉に負けたことを悟った。木村の挑戦は9RTKO負けに終わったのだった。
ボクサーの生きざまになにを想う
この闘いは、圧倒的不利な状況にいながら、己を信じ、己の出来るすべてを投げうって勝負に出、勝者をあと一歩のところまで追いやるという敗者の姿を描いていると私は感じました。
勝敗や戦績だけでは語れない、ボクシングの生身の闘う姿こそが、真にボクサーの生きざまではないかと、この作品は物語っているように私は思うのです。
生のボクサーの姿を見たとき、皆さんはなにを感じますか?